Mar 20, 2010
マンション経営による資産運用
アパート経営に応じて資産を運用していませんかは、電話を受けたことがあります。インターネットで紹介されているページを何社か見たこともあります。マンションの管理と、不動産収入を得ることになるので、よく運用あれば、このように魅力的なことはありません。しかし、若い人が減る時代に、空き部屋を埋めることはできますか?。非常に手を出す気にされていません。今、不動産投資信託の収益率は徐々に上がってきている。これは分配金が増加しているよりは、投資口価格が下落しているということだ。すなわち、価格が下落している。これを自分が悲観的に把握していない。オフィス不動産投資信託は、注意が必要であるレジデンス系の不動産投資信託は魅力が増加していると考えていた。
C大阪の日本代表MF乾貴士(23)が、ドイツ2部のボーフムへ移籍することが27日、分かった。ボーフムが完全移籍の正式オファーを出しクラブ間交渉を進めていた。関係者によれば、この日、ボーフムのイエンス・トッド・スポーツディレクター(41)が急きょ来日。直接交渉を行い、移籍金50万ユーロ(約5500万円)の完全移籍で交渉が基本合意に達した。近日中にも両クラブから正式に発表される。
C大阪と14年1月末までの契約を残していた乾。ボーフムとの契約は、11年8月から14年6月末までの3年契約で、1年の延長オプションが付く模様。C大阪と乾は海外移籍に伴う違約金を30万ユーロ(約3300万円)に設定していたが、C大阪側が65万ユーロ(約7000万円、金額はすべて推定)を要求し、交渉が難航。ボーフムが50万ユーロまで上積みしたことで、クラブ間交渉が決着した。
C大阪で戦うのは、31日の鹿島戦(長居)の1試合となる。週明けには、ドイツへ渡り、メディカルチェックを受診後、正式契約を結ぶ予定だ。
昨季、プレーオフの末、1部昇格を逃しているボーフム。既に、今季が開幕しているものの、フリードヘルム・フンケル監督(57)も、乾に昇格の切り札として期待を寄せている。ついに、念願だった海外挑戦が実現。「ボーフム・乾」がドイツから飛躍の一歩を刻む。
◆乾 貴士(いぬい・たかし)1988年6月2日、滋賀県近江八幡市生まれ。23歳。MF。野洲高2年時に全国高校選手権で優勝。07年に横浜M入団。08年にC大阪に期限付き移籍し、09年から完全移籍。同年1月のアジア杯予選イエメン戦で国際Aマッチ初出場。今季はリーグ13試合4得点で、J1通算53試合8得点。国際Aマッチ3試合出場(無得点)。169センチ、63キロ。家族は夫人と長男。
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◆世界水泳2011 第12日(27日・上海) 男子200メートルバタフライ決勝を行い、競泳日本代表主将の松田丈志(27)=コスモス薬品=が、1分54秒01で銀メダルを獲得した。世界大会では05年の世界選手権以来、同種目2度目の銀。競泳界の怪物、マイケル・フェルプス(26)=米国=にラスト50メートルで競り負けた。1分53秒34のフェルプスとのタイム差は0秒67で国際大会決勝での直接対決では最小のタイム差だった。松田は1年後に開幕するロンドン五輪に向け、大きな自信をつかんだ。
フェルプスが飛ばす。だが、松田は離れない。あごを引き、上目遣いで前方をにらみながら、水面を跳ねる。100メートルのターンで敵の位置を確認した。「行けると思った」。150メートル手前で抜き去ると、会場がどよめいた。
残り50メートル。突如、ガス欠に見舞われた。再度、相手に先行される。最後は半身ほど遅れた。だが、怪物を追い詰めた手応えはあった。150メートルまでは日本新ペース。課題だった前半のスピード勝負で負けなかった。「150メートルまでは来年に向けていい準備ができている。あと50メートルです」と、笑った。一緒に泳いだ26日の準決勝では松田が1分54秒30で1位通過、0秒55差で怪物を上回った。決勝ではわずかに負けた。
フェルプスは01年3月、200メートルバタフライで男子競泳史上最年少の15歳9か月で世界記録を更新。以後、10年以上同種目の頂点にいる天才。かたや、松田は宮崎・延岡市のビニールハウスプールで努力を続けてきた苦労人だ。
3年前の北京五輪で銅メダルを獲得した。その時、水泳観が変わった。「とにかくメダルを取りたいという夢があり、がむしゃらだった。でも、それからは楽しむことプラス仕事でやっている意識が強くなった」。芽生えたプロ意識。だが09年12月、所属のレオパレス21から契約を打ち切られ、絶望した。引退も考えた。
だが結局、泳ぎ続けた。自分の可能性を信じたからだ。練習の合間にスーツに着替え、企業を回った。約10か月後の昨年10月、所属契約をコスモス薬品と結んだ。以降、水泳に没頭し、手足を体の根元からかく新たなフォームを追求。体重を約5キロ絞るなど肉体改造にも着手した。05年大会も同色のメダルだったが、当時は怪物が不在。「2番手まではきたかな」との声に実感がこもった。
決勝での2人の初対決は02年パンパシフィック選手権。そのときあった1秒23の差を0秒67まで縮めた。銀メダルを手にした日はロンドン五輪開幕のちょうど1年前。「最後の五輪になると思うし、最後まであきらめず挑戦し続けたい」。代表主将の強い決意。その先に怪物超えと、日本男子初のバタフライ金メダルが待っている。
◆松田 丈志(まつだ・たけし)1984年6月23日、宮崎・延岡市出身。競泳男子200メートルバタフライは08年北京五輪で現日本記録を樹立し銅メダル。世界選手権は05年2位、09年3位。400メートル、800メートル自由形でも日本記録を持ち、04年アテネ五輪400メートル自由形で8位だった。水泳を始めた4歳の時から久世由美子コーチとの二人三脚。184センチ、81キロ。
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