Apr 03, 2009
私が好きだった塾講師
私も学生時代に塾に通っていましたので、好きだった塾の講師がありました。それは恋愛感情ではなく、学校の教師や親はなかなか言えない悩みを兄のように聞いてくれる塾講師でした。時々、学校の教師よりも塾講師の成績を上げることを真剣に考えてくれて、そのためには、生活も充実していることも重要だと考えてくれて本当に好きな尊敬する先生でした。小学校6年生から中学1年生まで近くに住んでいた外国人男性が週に一度、英語を教えに来てくれていました。受験のための家庭教師というよりは、読み取りはほとんどなく、日常会話を主に発音も丁寧に教えていました。受験間近では、大学生の家庭教師も来ことがありますが、今でも一番心に残った記憶は、常にソフトな笑顔で楽しく教えてくれていた外国人の先生です。
東京(CNN) 来日中のタイのタクシン元首相が日本外国特派員協会の昼食会で講演し、もし自分がタイに帰国したとしても、政変は起きないだろうとの見方を示した。
タクシン氏は講演で、「もし私が問題の要因になるのであれば帰国はしないと思う」「問題の要因にならなければ、是非とも帰国する。私が問題の解決に寄与できるということであれば、緊急に帰国する意思がある」と語った。
同氏は2006年の軍事クーデターで失脚し、汚職事件で実刑判決を言い渡されて、現在はアラブ首長国連邦のドバイで亡命生活を送る。妹のインラック氏は今月、同国初の女性首相に就任したが、同氏をタクシン氏の操り人形と批判する声もある。
これについてタクシン氏は、政治経験の少ないインラック氏にとって自分は「百科事典」だとしながらも、「彼女は私が一切干渉しなくても国家運営できる指導力がある」「いつでも必要な時に助言を求められれば助言する。それだけだ」と強調した。
同氏によると、今回の訪日の目的は震災後の復興を支援することにあるという。28日までの滞在中、議員や経済関係者と会談し、宮城県の被災地を訪問する。
日本の入管難民法では刑事罰を受けた外国人の入国を禁じているが、政府はタイからの強い要請を受けてタクシン氏の入国を許可した。
【関連記事】
タイ国会、初の女性首相を選出
前IMFトップ、起訴取り下げ確定 「帰国前にやることある」
米東海岸でM5.8の地震 原発停止、首都も騒然
打ち切り決定のHP「タッチパッド」、在庫処分で大安売り
宮崎駿:世界で最も偉大なアニメーター 被災地で上映会
【ベンガジ=田尾茂樹】要塞化されていたカダフィ氏の居所、トリポリ南部「バーブ・アジジヤ」区域を5時間にわたる激しい戦闘の末に制圧した反体制派部隊は、42年間にわたる独裁を終わらせた興奮と喜びを爆発させた。
AP通信によると、反体制派兵士たちは、同区域内のカダフィ氏の銅像に殺到した。銅像は倒され、頭部が切断された。
英スカイテレビは、ある反体制派兵士が、同区域内にあるカダフィ氏邸宅内の寝室で見つけた、同氏のトレードマークの一つだった灰色の帽子をかぶる様子を伝えた。兵士は、「父にプレゼントしたい」と満足そうに語り、「リビア人が待ち望んだこの瞬間に立ち会えたことを誇りに思う」と喜んだ。
カダフィ氏の捜索、区域の掃討を続ける反体制派は、地下に続く鉄製の扉を多く発見した。逃走用通路への入り口とみられている。ある兵士は、AP通信に、「カダフィは我々(反体制派)をネズミと呼んだが、地下に逃げたのは、あいつのほうだ」と語った。
【カイロ支局】「独裁は終わった」「これで自由だ」。反体制派が掌握したリビアの首都トリポリでは23日、多くの市民が夜中まで町に繰り出し、約42年ぶりの自由を満喫した。最高指導者カダフィ大佐の居住区兼軍事基地だったバーブ・アジジヤ地区では、長時間の戦闘の末に制圧した反体制派が大佐の肖像を破壊し、勝利を祝った。
トリポリでは散発的な銃撃戦も伝えられているが、市民はリラックスした表情で街頭に繰り出している。北部にある「緑の広場」は大佐がたびたび市民を動員して集会を開いていた場所だが、反体制派によって「殉教者広場」と改称された。数百人が未明まで集い、夜空に祝砲を撃ちながら、赤、黒、緑に月と星をあしらった反体制派の巨大な旗を振って踊った。
旗は69年に大佐のクーデターで葬り去られた王制(1951〜69年)に由来する。21日の反体制派の首都進攻から2日で、大佐が定めた緑の国旗は町から消え、三色旗があふれかえるようになった。
一方、バーブ・アジジヤ地区では23日午後まで5時間以上激しい戦闘が続き、黒煙が所々であがった。北大西洋条約機構(NATO)による空爆に助けられて突入した反体制派は一気に制圧した。
反体制派は、大佐の像の首を引きちぎって踏みつけたり、肖像画を破り捨てた。大佐が書いた国民向け指導書「緑の書」を記した壁画も燃やされた。兵士らは大佐や幹部、家族らの住居から、薄型テレビなどぜいたく品を押収。「市民のものにする」と持ち去った。
また、同地区にある「反米」の象徴だった記念碑も兵士が破壊し始めた。記念碑は、米軍に空爆されたビルの前に建つ。空爆の際に米機が墜落したのにちなみ、巨大な手が米機を握りつぶしている。パンナム機爆破事件(88年)など、大佐のテロ支援と反米イデオロギーに振り回された市民にはいまわしい思い出だ。
大佐が消え、行方が分からない中で兵士は「一軒一軒しらみつぶしに探せ」と大佐の得意のフレーズを叫ぶ。大佐を追い詰め、拘束するのが兵士らの最大の目標になった。
【関連記事】
【陥落】リビア:首都陥落…カダフィ大佐は不明
【陥落】リビア:喜びの祝砲、夜半まで…首都南西の都市ジンタン
【写真で見る】リビア カダフィ体制、終焉へ
リビア:カダフィ大佐居住区に突入 首都攻防大詰め
リビア:政府軍が最後の抵抗 スカッドミサイル3発発射
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.